望美がいた世界と、今いる世界。

似ているようでいて、違う所はたくさんある。

時代が違う、という事も可能だけれど。


例えば誕生日。

クリスマスやバレンタインなんて当然なくて。



望美が元いた世界にいた頃の事を話すたびヒノエは面白そうに聞いていた。

『お前の世界の風習って言うのは面白いね』

ヒノエが、そう笑っていたのが思い出される。





白梅の




「ね、ねぇヒノエ君、行かなきゃ駄目……なの?」

望美が軽くヒノエの服の裾を引いて聞く。

「ここまで来て何言ってるんだい。お前が挨拶に行かないと、って言ったんだろう?」

「そ、それは……そうなんだけど……」

望美が口ごもると、ヒノエは笑う。

「戦場では物怖じなんてしないくせに、こういう事になると小心者だね?」

からかうような口調で言われて、望美は恨めしげにヒノエへ視線をやる。

「だ、だって緊張するんだもの……お義父様もお義母様も、優しい方だっていうのは知ってるのよ?」

それとこれとは別問題なの、と望美は僅かに眉を寄せていった。

「あぁ、判ってるよ。オレだって実際お前の両親に、といわれたら緊張するだろうしね」

ヒノエは苦笑して頷いた。

「まぁオレがついてるから安心しなよ」

ね、と優しく微笑まれて望美は小さく頷いた。

それで少し肩の力が抜けるのだから、我ながら現金なものだ、と苦笑する。

それを見て取ったヒノエは、ふ、と瞳を和ませた。



「父上、母上、参りました」

「おう、開いてるぞ」

ヒノエが声をかければ、間髪いれずに答えが返る。

「はい、失礼致します」

襖を引けば、真正面に見慣れたヒノエの両親の姿が在る。

望美はヒノエの数歩後に続き、部屋へと足を踏み入れた。

「堅苦しい挨拶はいらねぇよ」

ヒノエと望美が何かを言う前に、湛快がそう言って笑った。

「……ったく、じゃあ来た意味ねぇじゃないか」

「ヒノエ君てば……」

望美が慌てて咎めると、湛快は笑う。

「気にしない事だ、お嬢さん。挨拶になんて来た試しがねぇんだから」

驚いてヒノエを見ればヒノエは不機嫌そうに眉を寄せた。

「母上にならともかく、この親父に挨拶をなんて思うわけないだろ?」

ヒノエらしいといえばらしくて、望美は苦笑する。

「もう、ヒノエ君てば……」

「でも、来てくれて……嬉しいですよ、湛増」

鈴の鳴るような綺麗な声で、微笑む彼の母は、彼によく似ていると思う。

「はい。母上もご息災のようで何よりです」

ヒノエがきれいに笑う。

傍から見ていてとてもきれいな親子だと思う。

三人でいるのがとても自然で、一枚の絵のようで。

「望美さんも、来てくださってありがとう」

思わずぼんやりと見つめてしまっていた望美は突然声をかけられて慌てて答えた。

「あっ、いえ……も、申し訳ありません、ご挨拶が遅れて……っ」

しどろもどろになりながら答えた望美にも、やわらかい微笑を絶やさない。

「いいのよ、この人も言ったでしょう? 顔が見れて嬉しいもの」

望美は言葉に詰まって、ぎこちなく微笑んだ。


ヒノエの両親とは住んでいる屋敷が違う。

屋敷自体がそう離れている訳ではないのだけれど、どちらかが逢いにいかなければ、逢う事もない。

望美は行動を制限されている訳ではないから、いつだって逢いには行ける。

けれど、自分から知らない場所へ向かったりする事はほとんどない。

例えば望美が一人、ヒノエの知らないところで熊野を歩いたとしても、ヒノエは咎めはしないだろう。

心配するだけだ。

勿論望美とて、熊野を知りたいと思う気持ちはある。

けれど、ヒノエがいないから。

隣にヒノエがいてくれないから。

だから、結局つまらないと思ってしまうのだ。

それは望美のわがまま。

本当は仕事で忙しいヒノエの代わり、にはなれないだろうけれど。

いつでも遊びに来てね、と二人は言ってくれている。

けれど、やっぱり気恥ずかしくて、ヒノエが隣にいてくれないと落ち着かなくて。

だから、久しぶりなのだ、彼らに会うのは。

どうしても、一歩引いてしまう感がある。

けれど、暖かい、いつだって。

見守ってもらっているのだと、そう思う。


「……ありがとうございます、お義母様……」

自然にそう言葉が出た。

望美の母になってくれたひとは、やはり優しく微笑んで答えてくれた。

ふわり、と空気が和んだのも、その時感じた。

ヒノエに視線を向ければ、丁度こちらを見ていた彼と目が合った。

ふ、とヒノエの瞳が優しく和む。

『大丈夫だっただろ?』

音にはならない声が聞こえて、望美ははにかんで応えた。


「……そう言えば」

しばし談笑した後、不意に湛快が口を開いた。

「はい?」

「今夜、ちょっとした宴会を開こうと思ってるんだが」

「宴会?……あぁ新年のか」

ヒノエは一瞬怪訝そうに眉を寄せたが、すぐに納得して頷いた。

「で、出席しろってか?」

「まぁ、望美さんのお披露目と思えばいいだろ」

ヒノエの睨むような視線を意に介した風もなく、湛快は笑う。

「あのね、望美は……」

「望美さん、親族だけの集まりだ、そんなに大げさなもんじゃねぇ、ちょっと出てみないかい?」

ヒノエの声を無視して、湛快は望美に話しかけてくる。

「親族だけ、つってもまぁそれなりの数はいるが……それでも公式のもんじゃねぇから」

「は、はぁ」

頭が付いていかずに、間抜けな反応を返してしまう。

「そこで、舞でもひとさし舞ってみてくれないか?」

「……え?」

望美は今度こそ言葉を発する事が出来なくなった。

「……ち、最初からそれが目的だったな……」

ヒノエが小さく吐き捨てた声で我に返った。

「ま、舞って……皆様の前で、って事……ですよね?」

恐る恐る確認してみれば、あっさりと湛快は頷く。

「一度見てみたいと思っていたんだ、龍神の舞姫」


望美の脳裏に、あの、春の神泉苑が浮かぶ。

大勢の人の前で舞ったのは、あれ一度きりだった。

九郎が困っていて、少しでも手助けになれればと思って。

望美の願いを白龍が叶えてくれて、本当に僅か、けれど雨が降った。

目的が達成された事で、舞の評判が増してしまっている部分もあると思う望美は困って眉を寄せた。

朔は素質があると言ってくれたけれど、そのレベルが果たしてどれ程か、望美には判らない。

それに、何よりも。


「……ヒノエ君、の」

ポツリ、と唇から言葉が零れ落ちていた。

「え?」

唐突に名前を呼ばれたヒノエは驚いて望美を見た。

望美はそんなヒノエをちらりと見て、気まずそうに視線を逸らした。

「お義父様。お申し出、とても嬉しいですし……身に余る光栄だと思います、でも……」

言いにくそうに口ごもりながら、望美は言葉を選ぶ。

「私は、ヒノエ君の許しを得られないなら、舞う事は出来ないのです」

望美はぎゅっと握り締めていた手のひらを解いた。

「……私の一存では決められぬこと、ご理解下さい」

そっと隣にいるヒノエへと視線をやれば、驚いた顔で望美を見つめる緋色の瞳とかち合う。

「ヒノエ君に舞えと言われない限りは、私は舞えないのです」

望美はヒノエのものだから。

ヒノエが望むことをしたい、してあげたい。

それは強制されたものではなく、ただ望美の我侭で、望美の願い。

なんて我侭なんだろう、そう思うのに、望美自身でさえ、制御が出来なくて。

「ね、ヒノエ君……」

望美は思わず、縋るようにヒノエの服の裾を握り締めていた。

「どっちがいい?」

ヒノエは、そこでようやく我に返ったように、はっとした表情を見せた。

同時に頬に僅かに赤みがさして、片手で口元を覆う。

照れた時にヒノエがする仕草に、望美は首を傾げる。

「ヒノエ君? どうし……えっ?」

問いかけようとした言葉尻をヒノエの行動によって奪われる。

ヒノエは、望美の腰を抱え込むようにして立ち上がったのだ。

勿論、ヒノエの手で支えられているから、転ぶ心配はないのだけれど、慌てて立ち上がる。

「ひ、ヒノエく……!」

咎めるようにあげた声は、ヒノエが腕に力を込めてきて、それだけで封じられてしまう。

そんな望美に、ヒノエはふ、と瞳を綻ばせた。

けれど、すぐに普段どおりの表情を取り戻して、を視線を前へと転じた。

「悪いけど、それも全部オレのものだ。他の野郎に見せるわけにはいかねぇな」

望美はぱちぱちと目を瞬いた。

「望美は見世物じゃねぇ、誰にも見せない。だから行かない」

ヒノエは不適な笑みを称えて湛快を真っ直ぐ見つめ返し、返事を待たず、踵を返した。

「え、ちょ、ヒノエく……!」

望美は慌てて静止の声を上げる。

けれど、ヒノエはそれには構わず、半ば望美の身体を抱えるようにして歩き始めてしまう。

「……も、もう、お義父様、お義母様、申し訳ありません……!」

望美は拒否をする事も出来ず、困ったような表情のまま、振り返った。

呆れられたり、嫌われたりしたらどうしよう、そう心配したけれど。

二人は何故か本当に嬉しそうな、けれど、少しだけ哀しげな瞳をしていた。

「また今度、ゆっくり遊びに来て下さいね、湛増と一緒に」

優しい微笑みに、胸が詰まって、言葉が出ない。

だから、望美は精一杯の思いを込めて微笑んで、お辞儀をした。




二人の姿が見えなくなると、二人は顔を見合わせて笑いあった。

「……ふふ、あの子は、変わりましたね」

「望美さんのお陰だな」

「良い事ですわ。あの子が、あの子でいれる、たった一つの場所」

静かに微笑んで、二人は息子夫婦が消えた方へと視線を送った。





屋敷まで帰る間、ヒノエはずっと無言だった。

怒っている訳じゃないのは、雰囲気で判ったし、何よりも、繋いだ手のひらが温かかったから。

だから望美は、ただ黙ってヒノエの後について歩いた。

家についたら話しかけてみようと、そう思って。


「え、あ、ヒノエく……?」

けれど、いざ屋敷に、自分たちの部屋に着いた時、ヒノエが動くほうが早かった。

ヒノエは望美の身体をぎゅっと抱き締めて、肩口に顔を埋めた。

「……お前は本当に、オレを喜ばせるのがうまいな

大きく溜息をついて、ヒノエは呟いた。

「え……何が?」

望美が目を瞬けば、ヒノエは苦笑する。

「こんなにオレをうぬぼれさせてどうするの? オレの許しがなければ舞わないなんて言ってさ」

そういわれて望美はヒノエが何のことを言っているかを悟る。

「……喜ばせようとして言った訳じゃないもん」

望美はそう呟いて、ヒノエの背中に腕を回した。

「ふふ、尚更性質が悪い」

ヒノエの片手が動いて、望美の顎を上向かせる。

彼の端正な顔立ちが近づいてくるのに、望美は逆らわずに瞳を伏せた。

唇が触れて、離れる。


「……だって、私の正直な想いなんだもん。ヒノエ君が望まない事は、私したくないの」

再びヒノエの胸に顔を埋めて、望美は呟く。

「私、ヒノエ君のもの、でしょう? 私は、私の意志で行動するけど、ヒノエ君の意思に沿わないなら動かないよ」

望美にとってヒノエの意思は、言葉は、自分の行動に影響を及ぼせる、たった一つのものなのだ。

誰に強要された訳じゃない、望美の願いだ。

「我侭なの、甘えてるの、判ってるけど。でも……私は、そうしたいって思うの」

「……本当に、お前は……」

どうしようもない程想いを持て余して、ヒノエは大きく深呼吸をする。

「どうして、そうやってオレを満たすことばかり言ってくれるのかな……」

唇の中で呟いて、ヒノエは強く望美を抱き締めた。

答えて望美は笑う。

「ふふ、ヒノエ君、しあわせ?」

抱き込んだ望美の表情は見えない。

けれど、きっと幸せそうに微笑んでくれているのだろう事もわかるから。

「あぁ、今年も良い一年になりそうだ。なんて言ったってオレにはお前がいるからね」

望美はもたれかかっていたヒノエの胸からそっと離れた。

「?」

ヒノエは不思議げにしながら腕を放してくれる。


望美は、ヒノエから少しだけ離れると、正面からヒノエを見つめた。

「明けましておめでとうございます。不束者ですが、どうぞこれからもよろしくお願いします」

そう言って、静かに頭をたれた。

「望美」

ヒノエの少しだけ不機嫌な声と同時にぐい、と腕を引かれた。

「お前はオレに頭を下げたら駄目だよ」

「?」

望美はヒノエを見上げた。

「望美、お前はオレに頭を下げなくていい唯一の人間だ、勿論母上は除くけど」

ヒノエの真っ直ぐな瞳が望美を射抜く。

「お前はオレの妻だ、けど、オレはお前をオレより下に見た事は一度もないよ」

少しだけ切なげな瞳に、望美は息が出来なくなりそうだと思った。

「……うん」

頷く事で精一杯だったけれど、ヒノエはやっと表情を和らげてくれた。

「これはオレの我侭。……お前がオレに頭を下げるのは見たくない」

「うん……ありがとう」

ヒノエの頬にそっと触れれば、ヒノエは少し照れたように笑った。

「それは、お前の世界の挨拶かい?」

「ん? んー……後半は結婚の時のかなぁ」

望美は静かに微笑んで言う。

「そうなのかい?」

「うん、嫁ぐ時に。ほら、私言えなかったからね、一応」

今更なんだけど、と望美はちょっとばつが悪そうに微笑む。

「いや……そんな事ないよ。今年もよろしくな、望美」

優しく微笑んで望美を抱き寄せれば、望美がヒノエの胸に頬を摺り寄せてくる。

「うん、ヒノエ君……」

腕の中に抱き込めば、望美の手が背中に回って、抱き締められる。

当たり前に返されるその仕草が、どれ程嬉しいか、望美はきっと知らないのだろう。

でも、それでいい。

それが崩れる事さえなければ、きっといつか気づく日が来るから。


しばらく望美のぬくもりを抱き締めたままでいたヒノエはふと気づいて顔を上げた。

「……そう言えば、望美の舞、オレちゃんと見た事ないんだよな」

「え?」

望美もヒノエの顔を見上げてくる。

「ほら、神泉苑で舞った時。あの時だけだから」

「あぁ……うん、そうだね」

戦中では、そんな事も出来なかったし、余裕もなかった。

「ちゃんとゆっくり見てみたい。……望美、舞ってくれる? オレの為だけに」

「ヒノエ君……」

「別に大げさじゃなくていい。……そうだね、なんならオレが笛でも吹こうか?」

ヒノエが望美の髪を撫でて言った。

「え……ほんと?」

「あぁ。……まぁ敦盛や九郎みたいな腕前じゃないけど、一通りはね」

ヒノエが少し肩をすくめて呟いた。

「九郎さん?」

「あぁ、望美は知らないか。九郎本人は否定していたけどね、腕前は有名なんだよ」

「あぁ、そっか。そうだよね」

望美の世界でも、それは言われていた話だった。

九郎自身は、あまり得意ではない、と笑っていたけれど。

きっと、実際は違うんだろう。

「ううん、嬉しい!」

望美はヒノエにきゅ、と抱きついた。

「ヒノエ君が弾いてくれるんなら私頑張る」

本当に嬉しそうに笑う望美に、ヒノエも優しく微笑む。

「ふふ、そうかい? ならいいんだけど。あまり期待はしないでくれよ?」

悪戯っぽい笑みで望美の唇に人差し指を当てれば、望美もくすくすと笑う。

「お互い様だよ。うん! 嬉しい」

「ふふ、お前のお陰で午後の予定、なくなったからね。ゆっくり出来るよ」

「……い、意地悪……」

恨めしげにヒノエを見上げても、ヒノエはとても楽しそうに無邪気に笑うばかりで。

そんな顔を見れば、やっぱり何も言えない自分に溜息をついて。

でも、結局望美も笑顔になってしまう。

「じゃあ、用意するから、ちょっと待っててくれよ」

「あ、うん。私、このままでいい?」

ヒノエが望美の身体を離したのを受けて、望美は少し首を傾げて問う。

「あぁ。どうせ二人しか見てないんだし、そのままで十分綺麗だよ」

立ち上がったヒノエはにこ、と笑って望美の髪を撫でた。

「〜〜〜っ、も、もう……」

顔を真っ赤にしてぷい、とそっぽを向いた望美に、ヒノエはくすくす笑う。

「じゃあいいこで待ってるんだよ?」

「……うん」

顔は向けないくせに、返事はきちんと返す望美に、ヒノエは笑いをかみ殺したまま部屋を出た。



女房からとりあえず笛を借りて戻った時、望美は朔からもらった扇を手にしていた。

「おかえりなさい」

少し傍を離れている間に気持ちを落ち着けたらしい彼女は、そう微笑んだ。

「お待たせ、始めようか?」

「ん」

望美は頷くと立ち上がった。

それにあわせてヒノエは笛を口元へ持っていった。


とても、優しい、音だった。

望美を包むような、優しい、きれいな。

気が付けば、望美はヒノエの音に合わせて舞い始めていた。

ヒノエの音に自然に重なる動きが嬉しくて楽しくて。

音から感じる想いが嬉しくて、ヒノエに伝わればいいと思いながら手のひらの先にまで意思を込めた。


音の終わりと、同時に、望美の動きも止まる。

扇を翻して、望美は優雅な仕草で一礼した。


望美はヒノエに駆け寄っていって抱きついた。

「っと……。ふふ、どうしたの」

ヒノエは難なく望美を受け止めて、優しく笑ってくれた。

座るように促されるまま、望美はヒノエに従う。

少し興奮気味な口調で、望美はヒノエの首筋に腕を絡めて言った。

「すごく上手だねヒノエ君」

「望美も、すごく綺麗だったよ?」

嘘偽りなくそう思っているらしいヒノエは、少し照れくさそうに笑んだ。

「やっぱり見せなくて正解」

そう言ってヒノエは、望美の唇に口付けを落とす。

「ん……ヒノエ君……」

「ね、望美。オレが傍にいない時は舞っちゃ駄目。いい?」

吐息が触れるほど近くで、ヒノエが艶やかに微笑む。

「はい……」

ヒノエの声は魔法のようだこんな時本当に思う。

そうして望美をしあわせにしてくれる。

顔を見合わせて微笑んだ。

「すごく楽しかったよ」

「あぁ、オレも楽しかった」

ヒノエが優しく微笑んでくれるから、尚更嬉しくなって、望美はヒノエに再び抱きついた。

くす、と笑ったヒノエが優しく背中を流れる髪を梳いてくれる。

望美は静かに瞳を閉じて、ヒノエのぬくもりだけを感じていた。


どれ位時間が過ぎたのか判らない、ヒノエが望美の顎を持ち上げて顔を上げさせた。

「来年も、オレの為だけに舞ってくれる?」

「……うん、勿論」

こつん、と額をぶつけた。

「ヒノエ君が望むなら、いつだって……あなたの為だけに」

「……ありがとう、望美」

ヒノエの言葉を聴くのと同時に、望美はヒノエの唇に自分のそれを重ねていた。

「じゃあ、練習しなくちゃ。来年はもっと上手くなってるからね」

「じゃあ、オレも別の楽器を用意しようか」

言い合って、二人で笑った。

「来年も、一緒にいてね」

ポツリと呟いた望美に、ヒノエは笑う。

「あぁ、勿論。……来年は、三人で、かもしれないけどね?」

望美は一瞬きょとんとして、それから思い当たって微笑んだ。

「……うん、それもいいよね。しあわせだもん」

華が咲くように微笑む望美につられて、ヒノエも微笑んだ。

「あぁ、そうだね」

二人して微笑みあって、それから、もう一度唇を重ねた。



そうやって、来年もまた、二人で。

すごしていけたらいい。

二人で一緒に時間を重ねて、音を重ねて、心を重ねて。

そうやって、この先、生きていけたらいい。


そう祈りながらヒノエの瞳を見つめた。

ヒノエは優しく微笑んで、頷いてくれた。

ただそれだけの小さな仕草一つ。

けれど、同じだよ、とその気持ちが伝わって、愛おしい気持ちばかり募って。


ヒノエが望美の身体をきつく抱き締めて。

望美もヒノエの身体を抱き締め返して。

手のひらを絡めて、握り締めて。

心を重ねて、寄り添わせて。


隙間がなくなって、満たされて。

幸せだと、そう思った。






そうやって、きっと、今年も、来年も。
ずっとずっと、歩いていく。



END



フリーということで、二宮華月さまからいただいてきました。
『Celeste Luna』というサイトで活動なさってます)
文章がとても素敵で、大好きなサイトさんです。




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